新幹線通勤をした場合でも通勤手当を支給して大丈夫なのか

テレワークの普及により、都心部から地方へ移住する人が増えているというニュースを目にします。

確かにテレワークだったらどこに住んでいても同じではあるのですが、会社へ出勤しなくてはならないことだってあるかもしれません。

そんなとき遠く離れたところに住んでいると新幹線通勤しか選択肢がないといったことも十分ありえますが、新幹線通勤に対して通勤手当を支給して大丈夫なのでしょうか。

※本記事中に登場する法令は、末尾にまとめています。

新幹線通勤でも通勤手当は非課税となる

所得税法第9条では所得税が非課税となるもの(非課税所得)が規定されていますが、通勤手当はその一つとして挙げられています。

ただ、通勤手当と称すれば何でもかんでも非課税となるわけではなく、所得税法施行令第20条の2で、「その者の通勤に係る運賃、時間、距離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額(1ヶ月当たりの上限15万円)」が非課税の対象とされています。

そして、その運賃等の額には「新幹線鉄道を利用した場合の運賃等の額も含まれる」ことが所得税法基本通達9-6の3で示されています。

つまり、新幹線通勤が最も経済的かつ合理的な通勤手段であるということを説明できれば、その通勤手当は1ヶ月当たり15万円まで非課税の取扱いになります。

「最も経済的かつ合理的」とは

法律で明確に定義はされていませんが、複数ある経路のなかで

① 最も料金が安い

② 最も時間がかからない

③ 最も乗り換えの手間がかからない

といったことが考えられます。

新幹線通勤の場合、新幹線を利用しない場合に比べ料金がかかることが多いので、②や③で「最も経済的かつ合理的」であることを立証することになります。とともに、①には相反することとなるので、料金がかかってでも新幹線通勤を選択せざるを得ない理由も必要と考えます。

具体例で考えると

【ケース1】熱海から東京に出勤する場合

新幹線利用の有無 所要時間 片道料金
あり 42分 3,740円
なし 1時間36分 1,980円
利用有無による差 54分 1,760円

この場合、新幹線通勤をすることにより料金は倍近い金額がかかるものの所要時間は大幅に短縮されることから、「最も経済的かつ合理的」を立証することができると考えます。

ただし、3,740円×2(往復)×1か月の出勤回数で算出される金額が15万円を超える場合には、その超える部分の金額は課税扱いとなることに注意しなければなりません。

※たとえば22日出勤とすると、3,740円×2×22=16万4,560円なので、16万4,560円-15万円=1万4,560円は課税の対象となります。

【ケース2】大宮から東京に出勤する場合

新幹線利用の有無 所要時間 片道料金
あり 24分 1,660円
なし 32分 561円
利用有無による差 8分 1,099円

この場合、新幹線通勤をしても所要時間はほぼ変わらず、料金だけが余計にかかります。それでも新幹線を利用しなければならない特殊な事情があれば話は別ですが、一般的に考えると「最も経済的かつ合理的」の立証は難しいのではないでしょうか。

※上記所要時間や片道料金は、Yahoo!路線情報の検索結果(2021/9/28時点)に基づきます。

とはいえ、非課税が認められないケースもある

グリーン車等を利用している場合

所得税法施行令第20条の2の(注)書きで、「特別車両料金等」は、最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額に含まれないとされています。

「特別車両料金等」とは、たとえばJR東日本の旅客営業規則ではこちらのように規定されていますが、グリーン車やグランクラスなど普通車よりグレードアップするような車両を利用するために発生する料金のことです。

もし通勤手当が13万円であっても、そのなかにグリーン車等の利用料金が5万円含まれていたとしたら、非課税となるのは8万円だけで、5万円は課税対象としなければなりません。

役員など特定の人だけが利用可能な場合

新幹線通勤が役員や一部の社員だけにしか認められないような社内規定となっている場合には、「最も経済的かつ合理的」で1ヶ月当たり15万円以下であったとしても、その通勤手当全額が課税対象と認定されてしまう可能性があります。また、役員の場合には、定期同額給与の要件を満たす給与に当たらないことから、その全額が税務上の経費(損金)とならなくなります。

このように考える理由ですが、平成28年9月20日裁決にあります。

当該裁決では、下記の理由により役員のみが受診した人間ドック費用が各役員に対する給与に該当すると判断されました。

・高額な人間ドックを受診する機会が役員だけに与えられ、従業員は一般的な健康診断の受診までしか許可されていなかった。

・人間ドックと健康診断とで一人当たりの費用に大きな差があった。

費用の差額にも着目されていることから、人間ドックを受診する機会が役員だけに与えられていたという事実だけをもって、この判断が下されたわけではないと解釈することもできます。

しかしながら、新幹線通勤にかかる費用は、新幹線を利用しない場合にかかる費用に比べ高額になるはずです。とすると、税務署側が当該裁決を持ち出して給与課税を指摘してきても不思議ではありません。

よって、この問題を回避するためには一部の人だけでなく全員を対象とするうに社内規定を改めておくべきと考えます。

ただし、、、

経営的に新幹線通勤を認めるのかという問題

新幹線代は高額です。全員に新幹線通勤を認め、本当に全員が利用してしまったら、旅費交通費がとんでもない金額となり、経営を圧迫しかねません。

実は、事業主が通勤手当を支給することは義務ではなく、事業主が負担しなければならないと規定された法律は存在しません。つまり、新幹線通勤は一切認めないという社内規定にしたとしても、それは法律的に何ら問題はありません。(その規定のせいで、有能な人材を確保できないというデメリットは発生してしまいますが。)

よって、まずは新幹線通勤を認めることにより経営にどのような影響(良い影響と悪い影響)が出るかを考えるべきではないでしょうか。そのうえで、経営に支障はないので認めるとなった場合に税務上の取扱いを当てはめるべきではないかと思います。税務上の取扱いを優先し、非課税になるのだからOKと短絡的に決めた結果、経営が逼迫してしまったら元も子もありませんので。

まとめ&本記事の関連法令

新幹線通勤の通勤手当に関する取扱い

以下の条件を満たせば、その全額が非課税となります。

1.新幹線通勤が最も経済的かつ合理的な通勤手段である。

2.1ヶ月当たり15万円以下である。

3.普通車を利用している。(グリーン車などグレードアップした車両は利用していない。)

4.社内規定で新幹線通勤が全員に認められている。

【本記事の関連法令】

所得税法

(非課税所得)
第九条 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
…(中略)…
五 給与所得を有する者で通勤するもの…がその通勤に必要な交通機関の利用…のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるもの

所得税法施行令

(非課税とされる通勤手当)
第二十条の二
…(中略)…
一 通勤のため交通機関又は有料の道路を利用し、かつ、その運賃又は料金(以下この条において「運賃等」という。)を負担することを常例とする者(第四号に規定する者を除く。)が受ける通勤手当(これに類する手当を含む。以下この条において同じ。) その者の通勤に係る運賃、時間、距離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額(一月当たりの金額が十五万円を超えるときは、一月当たり十五万円)
…(中略)…
三 通勤のため交通機関を利用することを常例とする者(第一号に掲げる通勤手当の支給を受ける者及び次号に規定する者を除く。)が受ける通勤用定期乗車券(これに類する乗車券を含む。以下この条において同じ。) その者の通勤に係る運賃、時間、距離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による定期乗車券の価額(一月当たりの金額が十五万円を超えるときは、一月当たり十五万円)

所得税法基本通達

(新幹線通勤の場合の非課税とされる通勤手当)
9-6の3 令第20条の2に規定する「その者の通勤に係る運賃、時間、距離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額」には、新幹線鉄道を利用した場合の運賃等の額も含まれるものとする。(平14課法8-5、課個2-7、課審3-142追加)

(注) 「最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額」の中には、令第167条の3第1 項第1号に規定する「特別車両料金等」は含まれないことに留意する。